(出典 art47.photozou.jp)



1 ガーディス ★ :2019/01/03(木) 20:06:25.14

新年早々、話題の「わたしは、私」。

https://www.sogo-seibu.jp/watashiwa-watashi/

 パイを投げつけられる暴力的画像や、「女だから、強要される」「女だから、無視される」「女だから、減点される」等、昨年問題となった強姦や、医学部差別入試等を意識したコピーが物議を醸し出している。

 既にSNS等では炎上しているが、西武・そごうの広報部は「なんで?」の思いかもしれない。「自分たちは顧客である女性たちに寄り添っているではないか」と。

 それがしらじらしいほど表層的であることに、制作過程で気がつくことがなかったとは、まさに女性をとりまく現状を端的に表すこととなった。

 ここで書かれる「私たち」は「日本に生きる女性たち」ではなくて、あくまで広告の作り手である「日本に生きる男性たちが想像する女性たち」である。

 広告が世に出るまでには女性も関わっているだろうが、「女性も入って作ったんだから、大丈夫」的な油断も感じる。男性社会の中で「適者生存」するために、立ち位置が男性側になった女性目線は、当然ながら男性目線だ。そうしたバイアスがかかった「女性の痛み」をいくら並べても、ただただ文言を並べただけ。パイ投げの画像も同様、単なる暴力を可視化しただけ。

 結果、共感を生み、企業のイメージアップに貢献、最終的には売り上げ向上につながるという目論みは見事に外れた。

 ま、本当に「女だから、減点される」他に異議があり、寄り添う姿勢があるのなら、もっと前に、もっと違う行動をしているだろう。企業だったとしても、だ。

 さて、今年は安藤サクラを起用した「わたしは、私」だが、西武・そごうがこのCMを出すのはこれが初めてではない。

 2017年は樹木希林バージョンだった。(2016年12月20日公開)
(出典 Youtube)


 この二人はカンヌ映画祭パルムドール賞受賞で話題になった「万引き家族」の女優たちである。

 その連続性も含めて、話題になることを意図していたことは明らかであろう。

樹木希林バージョンへの書き込みをみると、絶賛が続く。

 何かに縛られている女性たちが自らその鎧を脱ぎ、限界線を消し、生きる。

実生活でもそれを実践してきた樹木希林だからこそ、説得力があったのだろう。

 ただ、樹木は離婚無効の裁判や、民法上存在しなくなった「婿養子」の概念を家族構成の軸とした「ロックンロールでない」部分もあったが、時代を一周して、むしろそれを「ロックンロール」と感じさせてしまう力技を持っていたともいえるだろう。 樹木希林については別途述べたいが、樹木希林が主張するのは変わる主体はあくまで「わたし」であって、社会ではない。

 社会が示す基準や価値観はあとから変わるかもしれないから、それに縛られて生きて行くのはもったいない。主張されるのは社会と私は別。社会を構成するのは「わたし」でもあるということは意識されていない。

 「わたし」から「私」になるという表記の変化についても、単に感覚的なもので、そこに社会的意味づけや、言及はない。

 ここに、不平等や理不尽に対しての怒りはない。あるのはあきらめと、社会との距離感である。

全文
https://lite.blogos.com/article/348870/

@kingdom_kei
衝撃的な情報が。”クリームパイcream pie”にはスラング英語として、非常に下劣な性的意味(直挿入&射精)があると。
西武そごうの正月広告には、二重にも三重にも女性を貶める悪意と暴力の暗喩に満ちた非常に悪辣な広告であると、はっきりしました。
@ishtarist
そごう西武のCM。creampieがスラングでどういう意味かを知っていたら、このビジュアルが強姦の隠喩になっていると理解できる。
とにかく、フェミがどうとかいうレベルの問題じゃない。会社を自ら畳むか、国際的バッシングに永遠に晒され続けるか、というレベルの問題だ。

https://twitter.com/kingdom_kei/status/1080754345203781632
https://twitter.com/ishtarist/status/1080676975193116672

【西武・そごう】わたしは、私。オリジナルムービー

(出典 Youtube)

https://twitter.com/5chan_nel (5ch newer account)


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